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みんなの写真館
こちらはシーズシーのメルマガの冒頭に掲載していた写真を集めた写真館です。今まで配信してきたメルマガの写真をピックアップし、配信日の年別で紹介しております。画像をクリックすると拡大します。
※()は配信年月日です。
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2014年
写真は大分県宇佐市の宇佐八幡宮の参道です。全国に4万社以上ある八幡宮の総本山で、725年に創建されました。称徳天皇の御代に弓削道鏡という僧が皇位を狙った折、真意を探るべく派遣された和気清麻呂にご神託を与えた話が有名です。長い信仰の歴史のなかで千古斧(おの)を入れない深緑の杜(もり)に映える美しい本殿は国宝に指定されており、総本宮にふさわしい威容を誇っています。(2014.12.01)

写真は大分県国東半島にある豊後高田市の熊野磨崖仏(不動明王)です。およそ平安時代後期に彫られたものとされ、麓の寺から急な杉木立の中の山道を300mほど分け入ると、鬼が一夜にして積み上げたという伝説が残る自然石を乱積にした石段があり、左手に分け入るとひっそりとした空間の中に不動明王像が高さ8mものどっしりとした姿を現します。(2014.11.17) 

写真は秋田県男鹿市の男鹿半島の入口の男鹿総合観光案内所に立つなまはげ像です。高さは約15mもあり、世界一高いなまはげ像だそうです。言うまでもありませんが、「なまはげ(ナマハゲ行事)」とは大晦日の夜になると山の神々の使いとして鬼の面をかぶり蓑を身にまとったなまはげが里に来訪し、「悪い子はいねがー」「泣ぐコはいねがー」と発しながら家々をまわり、悪を諌めるとともに吉をもたらすとされる伝統の民族行事です。(2014.11.04)

写真は青森県西津軽郡岩崎村、世界自然遺産の白神山地にある十二湖の一つ、青池です。十二湖とは実際には33の湖沼群で江戸時代に地震によってできたそうです。その中でも最も有名なのが青池で、なぜ青いのか未だに解明されていない神秘の湖だそうです。残念ながら、撮影日は今にも雨が降りそうな曇天でしたが、晴れた日には深くまで澄み渡る姿が見られるそうです。また、今からの季節、次第に色が濃くなり冬には黒色になるそうです。(2014.10.27) 

写真は青森県弘前の津軽藩ねぷた村に展示してある弘前ねぷたです。津軽の夏を彩る弘前ねぷたまつりは、三国志や水滸伝などの武者絵を題材とした大小約80台の勇壮華麗なねぷたが、城下町弘前を練り歩く夏まつりだそうですが、今年の夏は事故で一部が中止されたとのことです。このねぷた村では弘前ねぷたの展示のほか、金魚ねぷたなどの製作実演コーナーや、津軽焼き津軽綿絵などの見学体験などが出来ます。近くのおせんべい屋さんのおせんべいがもうむちゃくちゃ美味いです。(2014.10.06)

写真は青森県八戸市の蕪島です。ここはウミネコの繁殖地として知られており、繁殖期には約3万羽のウミネコがところ狭しと営巣するそうです。昔から、ウミネコは漁場を知らせてくれるということで漁師さんたちに大事にされてきた鳥です。この島の頂上には豊漁をもたらすとされる弁天様を祀った蕪島神社があり、ウミネコはその弁天様の使いとして大切にされてきたそうです。(2014.09.29)

写真は岩手県久慈市袖が浜です。ご存じ昨年のNHK朝ドラ「あまちゃん」の舞台になったところで、北限の海女さんが活躍する場でもあります。一昨年まで観光地でもなんでもなかったところなのだそうです。残念ながら、海女さんの実演の時間に間に合わなかったので見られず。しかたなく売店で「まめぶ汁」を食べて帰りました。うに丼は売り切れでした。(2014.09.08)

写真は岩手県遠野市の通称「カッパ淵」です。これは常堅寺の裏手を流れる小川の淵を指します。日本民俗学の父・柳田國男は、明治43年に説話集「遠野物語」を発表しました。この中には河童の話が多く出てきます。それによると遠野では、川の岸の砂の上に河童の足跡を見ることは決して珍しいことでなく、雨の日の翌日などにはよく見られたそうです。(2014.08.25)

写真は岩手県花巻市の宮沢賢治記念館入口にある「猫の事務所」のオブジェです。「猫の事務所」は宮沢賢治による童話です。軽便鉄道の停車場のちかくにある猫の第六事務所は猫のための歴史と地理の案内所・・・なのだそうです。宮沢賢治は1896年現在の花巻市に生まれました。生前はほとんど無名だったそうですが、現在では独特の世界観が親しまれ国民的作家となっています。(解説の必要はないかも・・・)(2014.08.18)

写真は埼玉県飯能市の天覧山にある十六羅漢です。この石仏像は徳川五代将軍綱吉がたまたま重い病におかされた折り、生母桂昌院は大変心配して、親しかった飯能出身の大名・黒田直邦に相談すると、彼はこの地の和尚の病気平癒の祈願をすすめました。そこで、祈願を行ったところ、たちどころに健康を取り戻したそうです。桂昌院はこれを喜び、報恩感謝のしるしに十六体の羅漢像を寄進したということです。

天覧山は飯能市の北西部にある高さはわずか195mの丘陵です。その中腹にこの羅漢像はあります。十六羅漢とは、お釈迦様の死後、弥勒(みろく)仏が出現するまで正しい教えを託された16人の修行者で、仏教の布教に努めた尊者のことです。(2014.07.28)

写真は北海道北部にある豊富町と幌延町の海岸線沿いに広がるサロベツ湿原から見た利尻富士の様子です。サロベツ原野は200キロ平米にも及ぶ広大な湿原でラムサール条約に登録されています。サロベツの地名はアイヌ語の「サルオペツ」(アシの生える川)に由来しているそうです。7月4日の撮影ですが、原野一面にエゾカンゾウのオレンジ色の花が咲き乱れています。

利尻富士は、利尻島にある独立峰で標高1,721mの成層火山です。2千年前の噴火が最後で現在は活動を休止しているそうです。写真2はエゾカンゾウの間を飛び回る野鳥。「オオジュリン」です。(2014.07.14)

写真はタイ国サムットプラカーン県のクロコダイルファーム(ワ二園)です。ここはバンコク市内から30キロほどの距離にあります。園内では色々な種類のワニの飼育、繁殖をメインに、トラ、象、鳥類、などの一般動物も沢山いて、見たり、触ったり、一緒に写真を撮ったりすることができます。中でもワ二園のショーは必見。写真2はワニ釣りの様子。エサの鶏肉に咬みつきます。この時は竿を折られました。(2014.06.23)

写真はタイ国パタヤ近くの中国寺院「淡浮院」(ワット・ウィハンシアン)です。
ここは中国の歴史博物館のようなお寺で秦の始皇帝から歴代皇帝、カンフーまで様々な像があることで有名です。三国志の関羽や西遊記の像もありました。とにかく、動きのある像がたくさんでパワースポットとしても有名なのだそうですよ。(2014.06.16)

写真は宮城県仙台市の青葉城址にある伊達正宗像です。青葉城は初代仙台藩主伊達政宗が1610年に築城しました。現在、往時の建物は残っていませんが、長い歴史が刻まれた石垣と復元された大手門脇櫓が往事の城を偲ばせます。城跡の一部は青葉山公園となっており、仙台市内・太平洋を一望することができます。伊達正宗は戦国時代、東北をほぼ手中に収めた人物で、幼少時に患った疱瘡(天然痘)により右目を失明し隻眼となったことから、後世独眼竜正宗と呼ばれました。(2014.06.09)

 
写真は広島県廿日市市嚴島神社の社殿です。嚴島神社は平安時代末期に平清盛が厚く庇護したことで大きく発展しました。その背後の弥山を中心に深々とした緑に覆われた山容と、海上に鮮やかな朱塗りの本社本殿・大鳥居等の社殿群を展開するという、世界でも例をみない大きな構想の下に独特の景観を作り出しているとされ、平成8年には世界文化遺産に登録されています。(2014.06.02)

写真は東京都江東区のお台場、ダイバーシティにある実物大ガンダムの像です。高さは18mだそうで、細部にまでリアルに再現されていてすごい迫力です。近くにはフジテレビもあり、国内外からの多くの観光客でいっぱいでした。(2014.04.28)

写真は沖縄県与那国市の西崎(いりざき)にある日本最西端の碑です。ここは東経122度55分59秒、北緯24度26分38秒にあり、台湾まではわずか111km。東京からはなんと2112kmも離れています。日本が領有権を主張している範囲にある東西南北端のうち、唯一、民間人が到達することができる場所だそうです。岬から見下ろすと海が本当に青い。波しぶきが青く輝く様子は絶景でした。与那国島は周囲約27km。人口は約1600人。亜熱帯のジャングルもあるそうです。(2014.04.14)

写真は島根県奥出雲町にある奥出雲多根自然博物館のエントランスホールにあるアロサウルスの骨格標本です。この博物館は「宇宙の進化と生命の歴史」をテーマにしていて三葉虫などの化石や水晶など鉱物資料を多数展示してあります。入場してすぐ出迎えてくれるのがこのジュラ紀後期に実在していた大型肉食恐竜アロサウルスの骨です。また、ここの特徴は宿泊施設を備えていて、夜間も館内見学が可能なのです。いわゆる「ナイトミュージアム」ですね。 (2014.03.10)

写真は佐賀市大授搦(だいじゅがらみ)から見た有明海に沈む夕日です。ここは潮位差が大きなことで知られる有明海でも最奥部に位置しており、大潮の満潮時には写真のすぐ手前まで潮が満ちてきますが、この時は遥か彼方に水平線がかろうじて見える程度でした。 (2014.02.24)

写真は福岡県柳川市の川下りの様子です。柳川には柳川城を中心として縦横にめぐらされた掘割(クリーク)が全長なんと470Kmもあるそうです。お城の周囲掘割を「どんこ舟」と呼ばれる小舟で巡るのが、柳川の川下りで狭い水路、橋の下を船頭さんの棹さばきで見事に通り抜け、古い水郷柳川の街をいつもの歩く視線とは違った視線で見ることが出来ます。(2014.02.17)

写真は群馬県富岡市の富岡製糸場です。富岡製糸場は明治5年(1872年)、明治政府が日本の近代化のために最初に設置した模範器械製糸場で、繭を生糸にする繰糸工場は長さ約140メートルと、当時世界的にみても最大規模の工場でした。ここで全国から集まった工女たちの手によって本格的な器械製糸が始まりました。当初フランス人が指導していましたが、外国人指導者が去った明治9年以降日本人だけで操業されましたが、高品質に重点を置いた生糸は海外でも好評だったそうです。(2014.01.20)

写真は北海道根室市の納沙布岬にある四島のかけはしです。ここは離島を除けば日本の本土最東端にあたります。水道を挟んだ海の向こうは現在ロシアが実効支配している歯舞群島でその一番近くの島、貝殻島まではわずか3.7kmです。このモニュメントは世界平和と、いわゆる「北方領土」返還を祈念するために作られたシンボル像で1980年に完成しました。(2014.01.27)

写真は鳥取県境港市と島根県松江市との間にかかる江島大橋です。橋の下を船が航行するため、中央支間長は250mにおよび、桁橋としては日本最大の支間長を誇り、世界でも第3位なのだそうです。ダイハツ工業の「ダイハツ・タントカスタム」のCMに登場し、「業界ではベタ踏み坂と呼ばれている」と表現されています。頂上からの眺めはなかなかの絶景でした。(2014.01.14)

写真は北海道標津郡中標津町で撮影したシマフクロウです。シマフクロウは極東地域に狭い分布域を持ち、日本では北海道に生息しています。全長70cm、翼を広げると約180cmにもなる世界最大級のフクロウです。その生息数は約140羽と言われており、絶滅のおそれが最も高い絶滅危惧ⅠA類に指定されています。(2014.01.07)
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