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みんなの写真館
こちらはシーズシーのメルマガの冒頭に掲載していた写真を集めた写真館です。今まで配信してきたメルマガの写真をピックアップし、配信日の年別で紹介しております。画像をクリックすると拡大します。
※()は配信年月日です。
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2011年
写真は熊本市熊本城の行幸橋(みゆきばし)にある加藤清正公の像です。戦国武将の加藤清正は豊臣秀吉とは血縁関係にあり、9歳の頃から秀吉に仕え、賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いでは「七本槍」の1人に数えられ、その後も数々の武功を立てました。肥後国入国後は治山治水、新田開発などに力を入れ、また南蛮貿易に乗り出すなど、積極的に領地経営を進め、それまで最も貧しいと言われていた国はどんどん豊かになり、結果領民からは神様のように慕われるようになりました。今でも熊本では善政の事跡は全て「せいしょこさんのさしたこつ(清正公のなさったこと)」と言われるほどです。 (2011.11.28)

写真は山形県米沢市の上杉神社にある上杉鷹山の像です。鷹山は江戸時代大名で、出羽国米沢藩の第9代藩主。隠居後の号である鷹山の名が有名ですが、藩主時代は上杉治憲(はるのり)と名乗っていました。領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作り、改革をした江戸時代屈指の名君として知られています。当時の米沢藩は今の日本と同じように破産寸前の借財がありましたが倹約を進め、完済に至るきっかけを作りました。その反面、天明の大飢饉では東北地方で多くの餓死者が出る中で被害を最小限にとどめたとされています。J・F・ケネディ元アメリカ大統領やクリントン元大統領に「もっとも尊敬する日本人政治家」と言われたことでも知られています。まったく、今の政治家に少しは見習ってほしい人物です。 (2011.11.14)


写真は福島県南会津郡の大内宿です。江戸時代、大内宿は会津若松と日光街道を結ぶ重要な宿場町でした。当時は参勤交代の大名行列や旅人がこの街道を行き交い、この町で旅の疲れをいやしていたそうです。国道が出来てからはその存在さえ忘れられていましたが、近年、江戸時代の面影を残す貴重な文化財として脚光を浴びています。 (2011.10.31)

写真はタイ国ラーチャブリー県のワット・カオチョンプラーンというお寺の裏山から出てくるコウモリです。その数はお寺の背後にある山の斜面の洞窟から、夕方になると決まって一斉にコウモリが飛び出してきます。その数・・・なんと、数百万匹と言われているようです。延々1時間以上はとぎれずに出て来るみたいです。夕闇迫る街へ黒い帯が細くたなびきながらどこまでも伸びていく様は少し不気味でもあり、また、豊かな大自然を感じる瞬間でもあります。(2011.10.24)

写真はポーランドの古都、クラクフ旧市街にある聖マリア教会です。世界遺産にも認定されています。14世紀に再建されたゴシック様式の教会で内部の装飾の繊細な美しさにも目を惹かれます。1241年、モンゴル軍はロシア軍を破り、ここクラクフに迫りました。物見のラッパ吹きが危険を知らせるため塔の上でラッパを吹いている最中に弓矢で射殺されたという言い伝えがあります。今でも塔の上からは一時間おきにラッパが吹き鳴らされますが、演奏の途中で突如途絶してしまいます。※現在の建物はその後再建されたものです。(2011.10.11)


写真はタイ国チョンブリー県のパタヤー市のシーフードレストランから見た夕焼けです。パタヤー市は有名なビーチリゾートとして知られていますが、中でも夕暮れ時の海岸は日中の灼熱の暑さから解放され、急に涼しい風が吹いてきます。同時に高湿度のためか、夕陽があたりを黄金色から真っ赤に染めていく様は壮観です。(2011.8.29)

 
写真は福島県須賀川市の福島空港にあるウルトラマンのオブジェです。かなり最近のウルトラマンでウルトラマンマックスというらしいです。ウルトラマンの生みの親であり、円谷プロダクション設立者の故円谷英二氏は福島県須賀川市の出身ということで、福島空港にはウルトラマンをモチーフにしたジオラマの展示やイベントの開催が行われています。(2011.8.08)




写真は北海道大雪山旭岳を朝の様子です。朝日がちょうど旭岳の背後から上ってきて、朝もやと温泉の蒸気と混ざって印象派の絵画のように・・・と、そこまではいきませんが、幻想的な風景を作り出しています。手前のくぼんだ所はすり鉢池、その上の逆光で黒く見えるのは森林限界線のハイ松の林。その向こうは姿見の池からあがる蒸気、そしてその背後が北海道最高峰の旭岳(2,291m)です。(2011.7.19)

写真は横浜市山下公園の『赤い靴履いてた女の子の像』です。この像は大正11年に発表された野口雨情の詩「赤い靴」をモチーフに、1976年この地に建てられたそうです。ところで、この詩にはモデルになった実在の女の子がいるという定説があり、全国各地に関連した銅像があるそうです。最近は定説への反論などもあるみたいで結構複雑ですのでそのあたりはここでは触れないでおきます。(2011.7.11)

写真は北海道稚内市の宗谷岬の先端、北緯45度31分22秒の「日本最北端の地」を標す記念碑です。三方は海に面し、正面のはるか43km先にはサハリンがあり、晴れた日にはその島影が見えるそうです。近くにはかの地を探検した間宮林蔵の像があります。(2011.06.27)

写真は神戸市北野町にある異人館のひとつ、うろこの家です。うろこの家は、外国人向けの高級借家として旧外国人居留地に建てられ、明治後期に現在地へ移築された神戸で最初に公開された異人館です。外壁を覆う天然石のスレートが魚のうろこに似ているところから「うろこの家」の愛称で呼ばれ数ある異人館の中でも最も人気のある有名異人館です。館内のインテリアは昔のままでコレクションも大変すばらしい価値のあるものです。(2011.06.13)

写真は岡山県美作市の智頭鉄道の宮本武蔵駅前にある幼少時の武蔵をイメージした銅像です。13歳で初めて決闘して以来、有名な巌流島の佐々木小次郎との決闘も含め、生涯一度も負けたことがないとされる宮本武蔵。この駅の近くにはその武蔵の生誕の地があるのでこの駅名が付けられたそうですが、とにかく、伝説の多い人で他の地で生まれたとする説もあるようです。(2011.05.16)

写真は山口県長門市の金子みすゞ記念館の写真です。金子みすゞは明治36年現在の山口県長門市仙崎に生まれ、女学校卒業後は下関の親戚の本屋さんに店番として入りました。この記念館はその本屋さんの様子を再現しています。大好きな本に囲まれて、才能を開花させた彼女は大正後期の童話・同様の世界でひときわ光を放ちます。若くして亡くなりますが、その作品は今でも多くの人に愛され続けています。(2011.05.09)

写真は山口県萩市の萩城、別名指月城です。1604年関ヶ原の戦いで敗れた毛利輝元が築城しました。指月城は指月山頂の山城と麓の平城を組み合わせた形の城でしたが、明治になって解体され、現在は石垣と堀のみが残っています。桜の名所として知られ、今の季節はお花見を楽しむ人たちで賑わっています。(2011.04.11)

写真はタイ国バンコック市のワット・アルン(暁の寺)です。チャオプラヤー川の川辺にそびえ立つ王家の寺院で、バンコックでは有名な観光名所です。写真中央の大仏塔は高さ75mあり、途中まで急な階段で上ることができます。塔の表面は多くの美しい彩色された陶器の破片で飾られており、周囲には神話に登場するガルーダ、ハヌマーン、中国由来の像が多数あります。(2011.03.28)

写真は山口県下関市の東行庵にある高杉晋作の像です。1839年、萩の上級武士の家に生まれた高杉晋作は、奇兵隊を組織したことで知られていますが、幕府軍を撃退したのち肺結核のため維新を目前に27歳で病死してしました。東行庵とは、もともとは山形有朋のものでしたが、高杉晋作(号=東行)の墓を守るため、彼の死後、尼となった愛人おうのへ有朋が贈ったもので、おうのは明治42年に亡くなるまで晋作をこの地で弔ったそうです。(2011.03.07)

写真は韓国京畿道、水原市の華城行宮の正門、新豊樓です。水原市にはユネスコ世界文化遺産に登録されている「華城」遺跡があります。城壁の長さは、5kmを越え、東洋と西洋の技術を融合させた城郭の築りで石材とレンガが併用されている点が特徴です。華城行宮の行宮とは王が地方への行幸の際に宿泊した臨時の宿のことで、新豊樓は1790年に建てられました。ここでは人気ドラマ「チャングムの誓い」のロケも行われていたそうです。(2011.02.28)

写真は山口県岩国市の錦川に架かる錦帯橋です。この橋は全長193.3メートルの組木の技術で作られた美しい5連のアーチが特徴です。今から約330年前に第三代岩国藩主吉川広嘉(きっかわひろよし)によって創建されました。
岩国城と城下町をつなぐ橋が洪水でたびたび流されたため、それに耐える橋の構想としてアーチ間の橋台を頑丈な石垣で作るというアイデアでこのような形になったそうです。完成直後、やはり洪水により流失しましたが、石垣部分をさらに強固にしたところ、次は276年流されずにその姿を保ったということです。昭和になって台風によって流され、今の橋は3代目だということです。(2011.02.14)

写真は長野県南佐久郡野辺山で撮影したフクロウです。フクロウは九州以北の山地の林などに生息していますが、主に夜間に活動するので普段人目に付くことはほとんどありません。ここ野辺山は冬季はフクロウが狩りのため人里近いところまで現れ、比較的農道が整備されているので全国でも数少ないフクロウウォッチングの名所として知られています。(2011.01.17)
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